よく使う用語なのに意外と情報が少ない「カシュクール」

ファッション

こんにちは。大人のおしゃれ塾、田中です。

昨年の秋から冬にかけて「カシュクール」アイテムにはまって、様々な生地で制作しました。

カシュクール【cache coeur】というファッション用語は、意外とネット検索しても情報量が少ないです。いちばん詳しいところで、着せ替えファッション検索「モダリーナ」さんのサイトでしょうか。

https://www.modalina.jp/modapedia/

カシュクールとは、元々は、胸が隠れる程度の短い丈の上着の事を指したが、現在は体に巻くようなラップタイプの打ち合わせを持つ女性用のトップスの事を示す事が多い。
胸元は着物のようになる。紐やリボン、ボタン、ピン等で留める事が多く、名称は隠れるというカシュと心臓のクールで、胸を隠すという意味。
バレエの練習用のレオタードにも使われる。
1980年代後半から流行し、ブラウスやニットなどに展開されている。

『ウィキペディア(Wikipedia)』では・・・

カシュクールは、もとはボレロほどの短い丈の打ち合わせのあるトップスを指していたが、現在は、ワンピースからブラウス、ハーフトップなど、様々な総丈の前あきで打ち合わせを持つ女性用上衣に広く使われている。

に始まり、あとはデザインのバリエーションについて述べているだけで、言葉の起源や歴史的背景などについての記述はありません。

香田あおい『きれいな服』文化出版局より

カシュクールとは、このような打ち合わせ形式の衣類のことで、同じデザインで「サープリスSurplice」という用語があります。カトリック教会の僧侶が着用する前で斜めの交差して重ね合わせる衣服のことをさしていました。サープリスについては大学時代、習ったことがありますが、カシュクールという言葉を使うようになったのは80年代に入ってからだと思います。

服飾を学ぶ学生のバイブルともいえる田中千代先生の『服飾事典(増補版)1974年』を見てみると「サープリス」は載っていますが「カシュクール」は載っていないからです。つまり1970年代、少なくても70年代前半までは「カシュクール」という言葉はファッション用語として使われていなかったか、あるいは使われ始めた頃で、世の中にはまだ広まっていなかったということです。

それではいつから「カシュクール」がファッション用語として台頭してくるのでしょうか。ここからは私の推論で、裏付けとなる資料は揃っていませんが、お聞きいただけると嬉しいです。

「カシュクール」はフランス語ですが、このデザインで流行に火をつけたのは、アメリカの「ダイアン・フォステンバーグDIANE von FURSTENBERG」です。1970年代にカシュクールデザインのラップドレスで一世を風靡しました。

この流れを受け継いだのがアメリカの「ダナ・キャラン」です。1985年、ダナキャランが自身の名を冠したブランド「ダナキャラン」を設立し、女性のためにシンプルでエレガントなファッションを作り上げました。

「仕事先からパーティーに直行してもいい服」という理念のもとに、ラップドレスをはじめ、ニューヨークのエグゼクティブキャリアに絶大な支持を受ける服作りに励みました。

このようなラップドレス流行の素地を作ったのが、私は「クレア・マッカーデル」ではないかと思っています。クレア・マッカーデルは1940年~50年代にアメリカで活躍したデザイナーですが、残念ながら52歳という若さで1958年に癌で亡くなりました。

デザインとは「問題解決」であるという信念のもと、機能性と審美性を両立させ、今日の既製服の素地を作ったのは彼女ではないかと。それなのにファッションの歴史はフランス中心に語られるため、クレア・マッカーデルのことを知っている人は少ない状況です。私も「ファッション文化論」という授業を担当して、時間不足からついつい同時代のファッションをクリスチャン・ディオール中心に語っていました。

そのマッカーデルが1942年に発表した「ポップオーバー」がこちらです。なんとラップドレスなのです!

1942年のオリジナルは素材がデニムだったそうですが、以後、16年間にわたってこの「ポップオーバー」は素材を変えて作られました。これ1枚でも、服の上からでも着用できるラップドレスは、大変人気を博したそうです。ご婦人方のアイテムにデニムを使ったということにもマッカーデルの進取性があらわれていますね。

マッカーデルの『わたしの服の見つけかた』は1956年に刊行され、その翻訳版(訳者:矢田明美子)が2018年に(株)アダチプレス社から刊行されました。この本は私に大きく影響を与えた1冊で、折りにふれて読み返しています。

本日は、カシュクールという言葉が、現在ではどのファッション用語事典にも載るようになりましたが、それが「いつ頃からだったか」について思うところを述べさせていただきました。次回は、制作を通して私が感じたカシュクールというデザインの素晴らしさ(妙味)について記してみたいと思います。