大人のおしゃれ塾、田中です。
塾では授業の中盤で10分間の休憩を入れます。
開業する前は、休憩時間はあくまでも休憩で、トイレやら教室の換気やら、そういう時間だと思っていました。
ところが、友人のT先生曰く「お茶はお出しするんですよね?女性はティータイムが大好きだから」
「ええっ。。。」
痛いところを突かれて、たじろいだのですが、その晩、速攻で用意しました。
いただき物の「ウェッジウッド」のカップ&ソーサーが、ブルーの箱の中で出番を待っていました。
「あってよかった。。。」
確かに、私も過去を振り返ってみて、こういう学びの場で「お茶のもてなし」を受け、困ったことなんて一度もありません。
いや、むしろ嬉しかった。
記憶をたどると、古い順で、大学院の時、同志社大学の美術史の先生のところに、週に一度授業を受けに通っていました。
その時、H先生が、授業の最後に、紅茶を私と、一緒に通っていた先輩(研究生)にふるまってくださったのです。
先生は「円山応挙」研究の権威で、ふくよかで上品な方(女性)でした。
私は大学院が京都女子大学で、専攻が服飾文化史だったので、西洋や日本の美術史が必修だったのです。
京女には日本美術の先生がおられなかったので、私の指導教官が同志社のH先生にお願いしてくださいました。
授業は教室ではなく、先生の小さな研究室で行われました。
ティーカップは2客だけあって、紅茶はトワイニングでした。
先生は水道もない研究室で、あらかじめポットにお湯をご用意くださっていたのでしょう。
私たち二人に、雑談するでもなく、最後に美しい紅茶をふるまってくださいました。
私は、先生に認めていただきた一心で、兵庫県にある応挙寺まで行って、レポートを書きましたが、残念ながら評価は「B」でした。
次の思い出は、今から14~15年前、ネイルスクールに通っていた時のことです。
短大の授業にネイルを取り入れたいと思い学び始めました。
ネイリスト検定1級まで取得しましたが、約1年間、時には4時間、スクールで練習に励みました。
その途中で、コーヒータイムがあったのです。
コーヒーには必ず、チョコレートが添えられました。
普通にスーパーに売っている板チョコです。
それをI先生はパキッと割って、私ともう一人のレッスン生に分けてくださいました。
今でも先生の「たら~~」という声が聞こえてきます。
「たら~~」は「そしたら」の略です笑。
先生の口癖でした。
もし、ティータイムがなかったら、私の記憶はここまで芳醇なものにはなっていなかったでしょう。
学びの場でのお茶、ティータイムの大切さ、その通りだと思います。